Q1: 出向とはどのような法律関係ですか?
Q2: 出向を命じた場合、本人の同意を得なければならないのでしょうか?
Q3: 出向を命ずる理由としては、どのようなものがありますか?
Q4: 出向により所定労働時間などの労働条件に格差が生じても構わないのでしょうか?
Q5: 出向社員の賃金は、出向元、出向先のどちらが支払うべきでしょうか?
Q6: 出向により給与が減額になるのは問題ないのですか?
Q7: 出向元が出向者の給与を負担する際、出向先通して負担するのと直接出向者に支払うのとでは違いがあるのでしょうか?
Q8: 出向者の労災保険、雇用保険はどうすべきですか?
Q9: 出向者の健康保険・厚生年金保険はどうすべきでしょうか?
Q10: 労務管理や人事権の帰属は出向元で、当該出向元被保険者である従業員に対して、出向元の業績不振から、出向先事業所側が当該従業員を気の毒に思って、賞与を支払った場合、社会保険はどのように取り扱いますか?
Q11: 出向者については、年次有給休暇の取扱いはどうなるのでしょうか?
Q12: 出向社員について懲戒処分を行うのは出向元、出向先のどちらか? また、双方が行うことができるのか?
Q13: 転籍とはどのような法律関係ですか? 出向とどのように違うのですか?
Q14: 転籍には、個別同意が必要ですか? 就業規則による包括的同意でも可能でしょうか?
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Q1: 出向とはどのような法律関係ですか? |
A1: 出向とは、労働者が出向元企業に在籍のまま、他の企業(出向先)に赴いて、当該出向先企業の指揮命令により労務関係を提供する形態をいいます。法的には、指揮命令権、労働契約上、使用者が有する権利の一部を出向元から出向先に譲渡するものとされます。
出向は、子会社や関連会社への経営指導、技術指導等のために、あるいは雇用調整策や中高年齢者の処遇策等、さまざまな場面で活用されています。実態として、企業内の配転に近い感覚で運用されている場合が多いのですが、労務提供の相手方が変更されるという点で、出向を命ずるのは配転の場合よりハードルが高くなり、出向を命ずるためには同意が必要とされます(ただし、Q2で述べるように事前の包括的な同意でもかまいません。)
もっとも、出向の場合は契約関係が全部譲渡されてしまうわけではなく、契約の根源的な部分は出向元に残っています。このように「出向者が出向元における社員としての地位を維持している」という点は、転籍と大きく異なるところです。また、出向は、他企業に派遣されて労務を提供するという点で「派遣」に似ていますが、派遣の場合には、派遣先企業との間に労働契約関係が存在していないのに対し、出向の場合には、出向先との間にも契約関係が成立しているとされ、この点で派遣と異なります。しかしながら、実態は派遣であっても、出向として運用している企業も多いようです。
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Q2: 出向を命じた場合、本人の同意を得なければならないのでしょうか? |
A2: 民法625条1項には、使用者は労働者の承諾がなければ、使用者としての権利を第三者に譲渡することはできないと定められています。雇用契約は信頼関係が基礎となる継続的契約関係であるため、その契約上の地位を譲渡するには本人の承諾が必要だとされるのです。
出向の場合には、指揮命令権など労働契約上の権利の一部の譲渡がなされますので、民法625条が適用され、出向には、本人に同意が必要とされます。
もっとも、この同意は、出向の都度なされる個別の同意である必要はありません。事前に包括的に同意するということであってもかまいません。そこで、労働協約や就業規則に出向規定がある場合や、採用の際に出向もありうることを説明して承諾を得ている場合には、事前の包括的な同意があるものとして、これを根拠に業務上の必要に応じて出向を命ずることができます。
ただし、事前の同意ありというためには、出向することが明らかになっている必要があります。「出向を命ぜられたものは休職とする」旨の規定だけではこれを根拠として出向を命ずることはできません。(日東タイヤ事件最高裁昭和48年10月19日)
「出向を命ずることがある」旨の文言と、さらに、出向先での賃金等の労働条件の取扱い、出向期間などの基本的事項についても規定が整備されていることが必要です。そして、それが整備されていれば出向を命ずる規定を新設することも可能です。(ゴールド・マリタイム事件大阪高裁平成2年7月26日判決、同事件最高裁平成4年1月24日判決)。
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Q3: 出向を命ずる理由としては、どのようなものがありますか? |
A3: 在籍出向(以下単に「出向」という)は現在、頻繁に行われています。特に多いのが、親子会社間、企業グループ間の出向であり、あたかも一企業内の配転・転勤と同じような頻度で実施されています。 他方、ベテラン社員を定年の数年前ぐらいから、重要な取引先、融資先などに出向させるケースもよく見られます。これは、高齢化社会のもとで、従業員数削減目的の他に、取引先との連携の強化をも目的としています。
どんな目的にせよ、出向を命ずるに当たって労働者の個別の同意を要さずに実施するには、就業規則への記載に加えて、出向の目的が「業務上の必要性」の形で非常に重要な要素となるといえます。 従って、Q2で説明した内容に加えて、「出向の目的」を就業規則において特定しておくことが必要でしょう。 出向の目的はいろいろありますが、ここでは出向の目的別に分類します。
(1)人事配置、人事交流型・・・企業集団統合型ともいわれる出向形態で、親子会社間、グループ間での連携を強化するというものである。定期的に相互間で出向を行うことが多い。
(2)業務指導型・・・出向先強化型ともいわれる出向形態で、経営不振の企業へのテコ入れのため、あるいは、短時間での専門知識・技術の教育指導のために出向を行うというものである。特に、親会社から子会社に対して出向させる場合が多い。
(3)雇用調整型・・・経営上の不振のために、人件費を削減するに迫られ、最終的には整理解雇までいくことになるが、その前にそれを回避するための他の手段を講ずる必要がある。その一つの手段として考えねばならないのが出向である。出向させることにより、出向先に全部または一部の賃金を保障させることになり、人件費の節約の大きく資することとなる。
(4)高齢者対策型・・・終身雇用制かつ年功序列賃金制の下で高齢化社会を迎え、かつ、定年延長が求められる現在においては、賃金制度の見直しを迫られる場合ももちろんあるが、定年の五年ないし十年前から他の企業へ出向させ、最終的には転籍してもらうということにより高齢者数を削減し、企業の若返りと活性化を図ろうというものである。
(5)人材開発型・・・社員を多様な業務に携わらせることにより総合的な能力の開発を図り、または、専門的知識・技術を習得させるために一定期間他の会社へ出向させるということもある。特に子会社から親会社への出向にはそうした目的のものが多いといえよう。 |
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Q4: 出向により所定労働時間などの労働条件に格差が生じても構わないのでしょうか? |
A4: 出向中の労働条件については、出向元、出向先のどちらの就業規則が適用になるのかと
いうことが問題になります。どちらでなければならないという法律はありませんが、あらかじめ適用関係が整理され、明示されていることが必要です。
通常、出向規程等で、就業規則の適用関係について、例えば給与や賞与については出向元の就業規則、労働時間については出向先の就業規則が適用されるというように定められます。また、個別の出向の際しては、出向者に対して出向先での労働条件が明示される必要があります。(労基法15条)
所定労働時間、休日などについては、就労している出向先の就業規則によるとしているのが通例です。そこで、出向元で就労していた場合と所定就業時間に違いが生ずることがあります。多少の格差があることは通常予想されることなので、出向に関する事前の包括的同意には、この点の同意も含まれると考えてよいでしょう。
しかし、不利益の程度が大きくなる場合には、出向命令が権利濫用により無効とされる
ことも考えられます。そこで、状況によっては代償措置として、出向元で一定の手当(例えば出向元の就業規則に従ったとすれば、時間外勤務となる部分の割増相当額など)を支給するなど、配慮が必要となるでしょう。
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Q5: 出向社員の賃金は、出向元、出向先のどちらが支払うべきでしょうか? |
A5: 出向社員の賃金をどちらが労働者に支払うべきにするかは、出向元と出向先が協議して決めるべきことです。勿論、出向社員に対する支払いとは、出向元と出向先の負担割合のことでなく、当該出向社員に対してどちらが窓口になって支払うかという意味です。
出向の場合の支払い方法としては、 ①出向元が支払う方法 ②出向先が支払う方法 ③出向元と出向先がそれぞれ一部を支払う場合、 とがある。
①から③のうち、いずれが多いかという点であるが、圧倒的に①出向元が支払う方法が多く、続いて②、③という順序になります。
ところで、その支払いが順序になされている場合には何らの問題も生じないが、出向元と出向先との契約によって、一方が給与の支払先と指定されていた者が給与を支払わないときはどうなるのかという問題があります。賃金に関しては、出向元、出向先双方が使用者となり、一方当事者が支払わない場合には他方当事者が給与の支払い義務を負うと理解されます。出向元の都合で出向を命じられて、さらに給与も支払われないという事態が生じた場合には、それを出向労働者の負担とすることはあまりに不当です。
日本製麻事件(大阪高裁昭和55年3月28日判決)では、出向元と出向先との間で、出向社員の給与は出向先において支払う旨の合意があった場合には、出向先が経営不振で給与が支払えずに、出向元に復帰しました。出向先が不払いにしていた給与について出向元に支払いを求めたが、裁判所は次のように述べて、出向元の支払義務を肯定しました。
「出向元である控訴会社が被控訴人(出向社員)との間に存続している前記雇用契約に基づいてこれを支払うとの暗黙の合意が・・・・成立していたものと認めるのが相当である。そうすると、訴外会社(出向先)が支払不能の状態に陥って被控訴人(出向社員)に対する給料・賞与の支払義務を履行することができなくなったことは右認定のとおりであるから、控訴会社(出向元)は被控訴人に対し、前記未払給料及び賞与の支払をなすべき義務を負うものといわなければならない。」 |
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Q6: 出向により給与が減額になるのは問題ないのですか? |
A6: 賃金は重要な労働条件ですので、出向を理由とする場合であっても減額になるのは問題です。
そこで、賃金については出向中も出向元が出向元の就業規則・賃金規程を適用して支給するとしている企業が多いと思われます。出向先は自己の分担額を企業間で精算します。
もっとも、出向元の賃金規程を適用したとしても、担当する職務が変更になることから、職務手当の額が減額されるなどといったことがありえます。
しかし、これについては社内にいて担当職務が変わった場合も同じですので、原則として問題はないかと考えます。
もちろん、出向先の賃金規程によるとしているケースもあります。この場合、多少の格差であれば、出向に伴い当然予測される範囲内の出来事であり、出向に関する事前の包括的同意にこの点の同意も含まれているということができるでしょう。
しかし、大きく減額される場合には著しい不利益があるとして、出向が権利濫用で無効とされるおそれがあります。もちろん本人が同意していれば問題はありません。例えば、倒産や整理解雇を回避するための出向であれば、賃金の減額についても本人が納得して、合意するということもあるかと思います。しかし、出向の理由や減額の程度如何では、なかなか納得が得られない場合があるでしょう。
そこで出向を円滑に進めるために、差額の補てんをしているケースが多く見られます。差額補てんに際しては、毎月の調整手当の支給とすることが多いと思いますが、出向時の一時金とすることもあります。なお、一時金とした場合には、まとまった一時金をもらった後、すぐに退職してしまうリスクも考慮に入れておく必要があるでしょう。
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Q7: 出向元が出向者の給与を負担する際、出向先通して負担するのと直接出向者に支払うのとでは違いがあるのでしょうか? |
A7: これは、違いありません。労働者への保証は原則出向元の労働条件を基本としますの で、それが確保されていれば、いずれから支給されるものであっても違いがありません。 ただし、経理上は、「元」が支給すれば立替払いとして「先」への請求が発生し、「先」が 直接払えば特に問題ありません。負担上の問題はいずれも同じという意味で、両者に違いがないとしましたが、実務的に は、請求等の処理上の違いはあります。支払・負担関係については、出向元と出向先との 企業間で出向契約を結び明確にしておく必要はあります。
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Q8: 出向者の労災保険、雇用保険はどうすべきですか? |
A8: 出向者は、出向元と出向先との二つの労働契約関係が成立しています。したがって、労働・社会保険についてどちらの関係で保険関係が成立していると解するかが問題となります。それぞれの保険については、以下のようになります。
(1)労災保険・・・労災保険は、労働者個々人ごとに保険関係が成立するわけではなく事業場単位で成立するし、保険料も全額使用者負担になる。出向者の場合、通常は出向先の業務を処理しているから、当然に出向先企業の労災保険の適用を受ける。労働保険料は、その事業場における労働者の賃金に一定の保険料率をかけて算出するが、出向者の場合は、賃金を合算して出向先事業場に加算すべきことになる。
(2)雇用保険・・・雇用保険は労働者個人ごとに成立するが、一人の労働者について保険関係は一つしか成立し得ない。したがって、出向労働者の場合は二つの雇用関係があるが、そのような場合は、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受けている雇用関係についてのみ成立することになる。したがって、どちらか賃金支払額の多い方に保険関係が成立することになる。その場合は、賃金額は合算しない。
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Q9: 出向者の健康保険・厚生年金保険はどうすべきでしょうか? |
A9: 出向者の健康保険・厚生年金保険については、以下のように、書籍を見ると様々な記載が見られるようです。
- 出向先、出向元のうち、給与を直接に従業員に支払う側で適用する
- 在籍出向の場合は、出向先で本来は適用する、ただし、実務上は、出向元で適用する
- 報酬が2箇所で出ていた場合は、これらを合算した上で、二以上勤務として、どちらかを選択することができる(実務上は出向元が選択されるケースがほとんど)
年金事務所へ問い合わせた回答は以下の通りでした。これは、平成22年末に判断基準が出された内容とのことです。
年金機構で出されている判断基準
(1)関連会社に出向し、報酬の支払は出向先では行わず、出向元で報酬を支払っているような場合
「出向元との労働契約は存続しており、そのうえで報酬が出向元から支払われているものと思料する。労務管理は出向先で行われているとのことであるが、出向元で報酬を支払うに際して、その労働者の勤務状況等について把握していると考えられ、また、昭和32年2月21日保文発第1515号によると「労働の対償とは、被保険者が事業所で労務に服し、その対価として事業主より受ける報酬の支払ないし被保険者が当該事業主より受けうる利益」とあることから出向元で適用するのが妥当。」 すなわち、出向元との雇用関係が継続している状態で、給与が出向元から支払われている場合、出向元で適用ということになります。
(2)出向元事業所、出向先事業所の両方より、基本給等を按分して支給している場合
「出向元、出向先、各々の事業所が、人事、労務、給与の管理等を行っているのであれば常用的使用関係があると認められ、二以上勤務の被保険者となる。」
すなわち、二以上勤務の適用となり、報酬は合算して保険料を決定した上で、報酬額による按分で保険料を納付することになります。
(3)出向元事業所より、基本給等を支給し、出向先事業所より通勤手当、住宅の給与(現物給与)を支給している場合
「出向先事業所においては通勤手当、住宅の供与のみの支払いであり、これのみをもって常用的使用関係があるとは認めがたいことから、二以上勤務の被保険者とはならない。」 このケースでは、雇用関係は両事業所との間にあっても、被保険者としての常用的使用関係を考えると、出向元でのみの適用(標準報酬の対象に、出向先での通勤手当、住宅が入らない)となるということになります。 |
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Q10: 労務管理や人事権の帰属は出向元で、当該出向元被保険者である従業員に対して、出向元の業績不振から、出向先事業所側が当該従業員を気の毒に思って、賞与を支払った場合、社会保険はどのように取り扱いますか? |
A10: 事例において、出向社員は出向元の被保険者であり、出向先の被保険者ではなく、また、賞与の内容についても社長の厚意により臨時的に支給されているものであると考えられることから賞与ではなく、賞与支払届は不要となります。 |
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Q11: 出向者については、年次有給休暇の取扱いはどうなるのでしょうか? |
A11: 年次有給休暇の発生要件である「勤続勤務」とは、同一企業で労働契約が存続している期間をいいます。同一企業内であれば、実際に働いていない休職期間、専従者期間、育児休業期間なども勤務したものとして扱われます。その反面、労働者が別の会社に転籍してその会社との労働契約関係が消滅したり、中断した場合には、「継続勤務」とはいいません。では、出向の場合はどのように解釈すればよいでしょうか。
出向は、出向元の会社を退職して他の企業に再雇用されるわけではありません。出向元との労働契約はそのままで、その契約関係の上に立って他の企業に赴き労務を提供するものですから、雇用の中止や中断とはいえず、継続した勤務といえます。従って、出向先においても出向元で発生した年休を取得することができるといえます。
というのは、出向先の労働者になると、少なくとも6か月間は年次有給休暇が発生しないのではないと考えるとすれば、出向労働者にとってみれば、出向命令されて出向先に赴いたところ、残っていた休暇がなくなるというのではまったく納得がいかないでしょう。これは、出向を解して出向元へ復帰する場合にも起こることです。いずれにせよ、出向労働者は出向元の労働者としての地位をも存続している以上、出向元で残っていた休暇はそのまま出向先に引き継がれるものと考えざるを得ないでしょう。
この点、厚生労働省の通達では、年休発生要件の「継続勤務」の意義について、 「継続勤務とは、労働契約の存続期間、すなわち在籍期間をいう。継続勤務か否かについては、勤務の実態に即し実質的に判断すべきものであり、次に掲げるような場合を含むこと。この場合、実質的に労働関係が継続している限り勤続年数を通算する。」とし、次に掲げる場合に、「在籍型の出向をした場合」を挙げています(昭和63年3月14日基発150号)。 |
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Q12: 出向社員について懲戒処分を行うのは出向元、出向先のどちらか? また、双方が行うことができるのか? |
A12: 出向労働者は出向先において労務を提供し、出向先の職場規律に服することになり、その規律を乱す行為がある場合には懲戒処分に処せられることになる。他方、その違反行為が出向元に立場からみても職場規律を乱したと思われる場合には出向元にても懲戒処分をすることができます。
まず、出向先での職場秩序違反行為について、出向元が懲戒処分をすることができるかという問題があるが、裁判所は、出向先での行為でも出向元で懲戒処分できるのを当然の前提としています。ダイエー事件(大阪地裁 平成7年10月11日決定)では、出向先において10万円を着服した労働者を、出向元が懲戒解雇したという事件であるが、懲戒処分を有効と判断しています。 また、同一の行為について、出向先と出向元がそれぞれ懲戒処分を課する場合はどうでしょうか。これは、懲戒処分の大原則である二重処分の禁止に該当するように思えますが、判例によれば、それぞれの懲戒処分が全く不可能という訳ではないようです。
「東京地裁平成4年12月25日判決 勧業不動産販売、勧業不動産事件」では、出向社員が出向先において上司の部長に対して侮辱的言動、誹謗、中傷を行ったことについて出勤停止、役付罷免(以下「懲戒処分1」という)を、さらに出向元において役付罷免、降格(以下「懲戒処分2」という)を、それぞれ課した事件について、次のように出向元の懲戒処分を有効という判決が下されました。
「なお、付言すると、被告勧業不動産販売(出向元)は、原告に対し、出向先である被告勧業不動産販売の行為について本件懲戒処分2をしたが、原告の被告勧業不動産販売への出向は在籍出向であり、原告と被告勧業不動との間の雇用関係はなお継続しているから、被告勧業不動産は、出向元会社の立場から、被告勧業不動産販売における行為について、被告勧業不動産の就業規定に基づいて懲戒処分を行い得ると解すべきである。」
「これに対し、原告は、本件各懲戒処分は、出勤停止、役付罷免及び降格という何重もの不利益を科したものであって、原告の行為に比して過重な処分であると主張するが、被告勧業不動産と被告勧業不動産販売は、出向元会社として、それぞれ異なる立場から原告に対し本件各懲戒処分を行ったものであること、被告勧業不動産販売の原告に対する出勤停止処分についても、前記の事情から付されたものであることに照らせば、被告勧業不動産販売が出勤停止、役付罷免を被告勧業不動産が役付罷免及び降格を原告に付したことを以って、何重もの不利益を科したとか、原告の行為と比して過重な処分であるということはできない。」 |
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Q13: 転籍とはどのような法律関係ですか? 出向とどのように違うのですか? |
A13: 転籍には次の2の場合があるとされます。
(1)転籍元における雇用関係を終了させて(つまり退職して)、転籍先との間で新たに労働契約を締結する場合。
(2)転籍元と転籍先との間で労働契約上の使用者の地位を譲渡する場合
どちらに該当するかは、当事者が(1)(2)のいずれを意図したかによって決まるはずですが、実務的には、この点が明確に認識されていないことが多いようです。
いずれの場合でも、転籍をした場合には、転籍元企業との間の労働契約関係は終了し、 転籍先企業との間の契約関係のみが存在することになります。(下図参照)。出向の場合は出向元・出向先双方との間に契約関係があるとされ、そこから就業規則の 適用関係等が複雑になり、整理する必要が生じます。 しかし、転籍の場合には元の企業と契約関係は終了していますので、転籍後の法律関係が複雑になることはありません。
転籍は、企業の個別の人事異動として行われる場合も多いのですが、営業譲渡に伴い、業の譲渡と一緒に労働契約が譲渡される転籍もあります。部門を独立させて別会社にする場 合、このような企業組織再編に伴う転籍もあります。会社分割の伴う労働契約の承継も転籍の一場面です。
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Q14: 転籍には、個別同意が必要ですか?就業規則による包括的同意でも可能でしょうか? |
A14: 転籍は、転籍元との雇用関係の解消という重大な契約上の効果を生じさせますので、本人の同意が欠かせません。何故なら、民法第625条1項により、使用者は、労働者の承諾がなければ、その権利を第三者に譲渡することはできないとされているからです。従って、このことは裁判例でも、
「一般に使用者は労働契約に基づき労働者をその指揮命令下に置いて労務に服されるこができるが、この権限はあくまでも労働契約に定められた範囲にとどめられるべきものであって、これを超えて労働者の同意または労働協約の規定等の法律上の根拠なく、一方的に当該労働者を第三者の指揮命令下に移して労務に服させることはできない」(昭和45年9月29日横浜地裁判決、日本石油精製事件)
「転籍は、移転先との新たな労働契約の成立を前提とするものであるところ、この新たな労働契約は元の会社の労働条件ではないから、元の会社がその労働協約や就業規則において業務上の都合で自由に転籍を命じうるような事項を定めることはできず、従ってこれを根拠に転籍を命じることはできないのであって、そのためには、個別的に従業員との合意が必要であるというべきである」(昭和53年4月20日高知地裁判決、ミクロ製作所事件)
従って、会社の都合で社員を転籍させるためには、包括的同意で足りる出向とは異なり、必ず本人の個別同意を得なければなりません。なお、営業譲渡にともなう転籍については、個別同意を要しますが、「労働契約承継法」に基づいて、会社分割における転籍においては個別同意を要さないこととなる(一定の従業員について「異議申し立て権」はあります)点も留意したいところです。 |
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