▼業務災害の認定について |
Q1:業務上災害の認定はどのような基準で行われるのでしょうか?
Q2:休憩時間中に起った事故によって負傷した場合、業務災害と認められるのでしょうか?
Q3:当社の従業員(マイカー通勤者)が出勤前、保育園に子供を預ける途中で事故を起こし、ケガをしました。通勤災害と認められないのでしょうか?
Q4:出張中の災害は業務災害になりますか?また、出張先へ移動中又は出張先から帰ってくる途中に起った災害の場合は、どのような扱いになるのですか?
Q5:業務上疾病の認定はどのような基準で行われますか?
Q6:腰痛の業務災害の認定は大変に難しいと聞いています。どのような場合なら、認定されるのでしょうか?
Q7:在宅勤務を行っている社員がいますが、在宅勤務中の災害は業務災害になるのでしょうか?
Q8:自分が感染したという自覚なしで出社した社員Aの近くで働いていた社員Bが新型インフルエンザに罹患してしまいました。その社員Bからこれは労災ではないのかと指摘されました。確かに、この社員Bは会社の勤務に起因した発病なのですが、これを業務災害と考えるのでしょうか?
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Q1:業務上災害の認定はどのような基準で行われるのでしょうか? |
A1:業務災害の保険給付は、「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」に関してなされます(労災保険法7条1項1号)。ある死傷病が「業務上」と認められるためには、「業務起因性」が認められなければなりません。「業務起因性」とは、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあること(=業務遂行性)に伴う危険が現実化したものと認められることとされています。業務起因性が認められるのは、業務と死傷病との間に「相当因果関係」がある場合です。
最高裁は、公務災害について、「『職員が公務上死亡した場合』とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない」と判断しており(熊本地裁八代支部事務官事件 最高裁二小 昭51.11.12判決)、この見解は、業務災害についても同様です。
また、「業務起因性」が認められるためには、まず、労働者が被災したときに事業主の支配下にあったこと、すなわち、「業務遂行性」が認められることが必要です。
「業務遂行性」については、次の三つの類型があり、その類型に応じて業務遂行性の判断の仕方がやや異なっています。
- ①労働者が事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
- ②労働者が事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合
- ③労働者が事業主の支配下にあるが、管理下になく(事業場外で)、業務に従事している場合
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Q2:休憩時間中に起った事故によって負傷した場合、業務災害と認められるのでしょうか? |
A2:労働者が休憩時間に事業場内にいる場合は、事業主の支配・管理下にあり、業務遂行性が認められます。しかし、休憩時間は自由に利用することができる(労働基準法34条3項)のですから、休憩時間中の行為は原則として私的行為です。
そこで、休憩時間中に事業所内で起こった災害は、それが事業場施設の欠陥またはその管理の不十分さに起因する場合には業務起因性が認められ、業務上と認定されます。
また、休憩時間中の行為であっても、就業時間中と同様な、用便・飲食などの生理的必要行為、作業に関連する必要行為については、就業中の業務付随行為と扱われ、これらの行為の際に発生した災害については、原則として「業務起因性」が認められます。
職場の体育活動として昼の休憩時間中から就業時間に食い込んで実施されていたハンドボールを使用して行う簡易ゲームに参加していた従業員が、転倒して傷害を負った事故につき、同ゲームは、従業員が休憩時間中に行う私的ゲームとは異なる拘束性の強いものであり、業務と密接な関連性を有するものであるとして、「業務起因性」が認められた判例もあります。( 佐賀労基署長(ブリヂストンタイヤ鳥栖工場)事件(佐賀地裁 昭57.11.5判決))。 |
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Q3:当社の従業員(マイカー通勤者)が出勤前、保育園に子供を預ける途中で事故を起こし、ケガをしました。通勤災害と認められないのでしょうか? |
A3:この場合、保育園が「通常の通勤経路上にある場合」、「通常の通勤経路とは異なる場所にある場合」の2つのケースが考えられます。
結果から言えば、原則として、この2つのケースのどちらについても、原則として通勤災害と認められるでしょう。
子供を保育園に送る行為について通達では、「他に子供を監護する者がいない共稼ぎ労働者が、託児所、親戚宅などに子供をあずけるためにとる経路などは、そのような立場にある労働者であれば、当然、就業のためにとらざるを得ない経路であるので、合理的な経路となるものと認められる」(昭和48.11.22基発第644号、平成3.2.1基発第75号)
としているからです。
したがって、共働きの家庭などで出勤時に子供を送っていかなければならないと認められる状況がある場合には、原則として、自宅を出て保育園に寄って会社に向かうまでの経路すべてが合理的な経路となり、その間の災害は、通勤災害と認められることになるといえます。
しかし、例えば、子供を自宅近くの保育園に入れることができるにもかかわらず、自宅とは離れた場所にある私立の幼稚園に入園させたとか、本来就業のために自宅を出る時間と子供を保育園に送っていく時間がかけ離れているなどの場合には、通勤行為とみなされる可能性は低いでしょう。
なぜなら、こうした場合には、就業に関した行為の一部ではなく、どちらかというと、子供を保育園に送っていくことが目的になっていると考えられるからです。
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Q4:出張中の災害は業務災害になりますか?また、出張先へ移動中又は出張先から帰ってくる途中に起った災害の場合は、どのような扱いになるのですか? |
A4:【出張中の災害】
労働者が事業主の指示・命令で出張中である場合は、事業主の管理下にはないが、その間は出張による業務を遂行する義務を負っているので、通常は事業主の支配下にあると考えられ、業務遂行性は認められます。
ただし、出張中であっても、労働者が積極的に私的行為を行った場合や恣意的行為を行った場合などには業務遂行性が否定されることになります。
そこで、出張中の災害については、「業務起因性」が否定される特別の事情がない限り、業務災害となります。例えば以下のような場合などです。
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①出張先の食事によって罹患した場合(昭29.8.18 基収2691)
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②伝染病流行地に出張して伝染病に罹患して場合(昭23.8.14 基収113)
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③出張先で旅館に宿泊中火災に遭って負傷した場合
業務起因性を肯定した事件として、
出張先の宿泊所で夕食中に飲食した後、階段から転落して死亡した事案について、
- その労働者は出張の全過程において事業主の支配下にあった
- 宿泊所での慰労と懇親のための飲食は宿泊に通常随伴する行為である
- 業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないし業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故ではない
とした「大分労基署長(大分放送)事件 福岡高裁 平5.4.28判決」があります。
一方、業務起因性が認められなかった事例として、
労働者が出張先の同僚の送別会に出席して飲酒後、溺死した事案について、
- 送別会は任意参加であり、業務遂行性は否定
- 同災害は業務と無関係の私的行為によるものである
とした「立川労基署長(東芝エンジニアリング)事件 東京地裁 平11.8.9判決」があります。
【出張先への移動中の災害】
労働者が事業主の指示・命令で出張する場合は、出張先に出向いてから帰着するまでが業務であり、事業主の管理下にはないが、業務を遂行する義務を負っているので、通常は事業主の支配下にあると考えられ、「業務遂行性」が認められます。すなわち、通勤災害ではなく、業務災害として扱われます。例えば以下のような場合などです。
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Q5:業務上疾病の認定はどのような基準で行われますか? |
A5:ある疾病が「業務上」と認められるためには、「業務起因性」が認められなければなりません。業務起因性が認められるのは、業務と疾病との間に「相当因果関係」がある場合であり、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態で(業務遂行性)、疾病の原因となる有害因子を受けたことが必要です。
労災保険の対象となる業務上疾病は、労基法上の災害補償事由が生じた場合であり(労災保険法12条の8第2項)、労基法上の業務上の疾病は、労基法施行規則35条により、同規則別表1の2に1号から9号まで列挙されています。列挙されているのは、次の疾病です。
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①業務上の負傷に起因する疾病
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②紫外線、赤外線、レーザー光線等の一定の物理的因子による疾病
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③身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する一定の疾病
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④化学物質等による一定の疾病
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⑤粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症またはじん肺法に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則1条各号に掲げる疾病
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⑥細菌、ウィルス等の病原体による一定の疾病
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⑦がん原性物質もしくはがん原性因子またはがん原性工程における業務による一定の疾病
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⑧その他業務に起因することの明らかな疾病
上記①〜⑧で具体的な名称が例示された疾病は、有害因子のばく露を受ける業務と疾病との間に医学的な因果関係があることが確立されているものであり、有害因子を有する業務に従事し、その間に発症原因とするに足るだけの有害因子に縛露された場合には、業務起因性が推定され、比較的容易に業務起因性が認定されます。
上記で具体的な名称が例示されていない疾病については、個別の事例ごとに、職歴、有害因子へのばく露、疾病の病態等から業務に起因することが明らかであると認められた疾病に限り、業務起因性が認定されます。
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Q6:腰痛の業務災害の認定は大変に難しいと聞いています。どのような場合なら、認定されるのでしょうか? |
A6:腰痛については、通達「業務上腰痛の認定基準等について」(昭51.10.16 基発750)があり、これに基づいて業務災害か否か判断されています。腰痛には、”災害性の原因によるもの”と”災害性の原因によらないもの”があり、業務上か否かの判断が困難なのは主に”災害性の原因によらないもの”です。
上記通達では、”災害性の原因によらない腰痛”に対する業務災害としての認定基準は次のようになっています。
【1】腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短時間(おおむね3ヵ月から数年をいう。)従事する労働者に発症した腰痛
●「腰部に負担のかかる業務」とは、次のような業務をいう。
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@おおむね20s程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務
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A腰部にとって極めて不自然ないし非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務
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B長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務
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C腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務 〜中略〜
【2】重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当長時間(おおむね10年以上をいう。)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛
●「重量物を取り扱う業務」とは、おおむね30s以上の重量物を労働時間の3分の1程度以上取り扱う業務及びおおむね20s以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務をいう。
●「腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務」とは、前述の業務と同程度以上の腰部に負担のかかる業務をいう。
腰痛に関する業務外認定が訴訟で争われることも少なくありません。大田労基署長(日本航空)事件(東京高裁 平13.9.25判決)は、航空会社の客室乗務員が罹患した腰痛および頸肩腕症候群につき、客室乗務員としての業務が発症の相対的有力原因であると認められるとして、「業務起因性」を肯定しました。
他方、神戸東労基署長事件(神戸地裁 平14.10.18判決)では、約34年間の港湾荷作業によって「腰痛症」を発症したとして療養補償給付不支給処分の取り消しを求めた事案について、
などから、腰椎変形と業務との関連性に疑問があり、加齢による変化と推認されるとして、「業務起因性」を否定しました。
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Q7:在宅勤務を行っている社員がいますが、在宅勤務中の災害は業務災害になるのでしょうか? |
A7:在宅勤務の場合も、傷病が「業務上」と認められるためには、「業務起因性」が認められなければならず、そのためには、労働者が事業主の支配下にあったこと、すなわち「業務遂行性」が認められる必要があります。
「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの改訂について」(厚生労働省のサイト)は、「労働者災害補償保険においては、業務が原因である災害については、業務上の災害として保険給付の対象となる。したがって、自宅における私的行為が原因であるものは、業務上の災害とはならない」と述べています。
すなわち、例えば、在宅勤務中の仕事の合間に、子供の服のアイロン掛けをして火傷を負った場合、勤務時間中の事故であっても、「業務遂行性」はありませんので、業務に起因した災害とは認められません。あくまで「業務起因性」があると認められる場合には、業務災害になります。
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Q8:自分が感染したという自覚なしで出社した社員Aの近くで働いていた社員Bが新型インフルエンザに罹患してしまいました。その社員Bからこれは労災ではないのかと指摘されました。確かに、この社員Bは会社の勤務に起因した発病なのですが、これを業務災害と考えるのでしょうか? |
A8:感染症については、労働基準法施行規則別表1の2第6号(「細菌、ウィルス等の病原体による」一定の疾病)に、業務上の疾病となるケースが規定されています。すなわち、
「1 患者の診療若しくは看護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染病疾患」(第6号1)・・・「1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随するその他、細菌、ウィルス等の病原体にさらされる業務に起因することの明らかな疾病」(第6号5)
いずれも細菌、ウィルス等の病原体に感染する危険性がある業務に携わっている場合が前提となっています。
詳細は「労働基準法施行規則の一部を改正する省令等の施行について」(昭53.3.30 基発186)に記されています。
また、最高裁も、「業務に内在する危険が現実化したことによって死傷病が引き起された場合に、業務と死傷病との間に相当因果関係がある」としています(地方災基金東京都支部長[町田高校]事件 最高裁三小 平8.1.23判決)。すなわち、業務に感染の危険が内在していなければ、業務災害には該当しないということです。
また、先ごろ厚生労働省は、「新型インフルエンザ(A/H1N1)に関する事業者・職場のQ&A」(PDF)のQ10において、「一般に、細菌、ウィルス等の病原体の感染によって起きた疾患については、感染機会が明確に特定され、それが業務又は通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、保険給付の対象となります」と発表しています。
すなわち、新型インフルエンザへの罹患についても、従来の考え方同様に、業務に感染の危険が内在し、業務起因性が認められる場合に限り、業務災害になると考えられます。
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